J-POPをどうやって輸出しよう?

1 ポップ・カルチャーは一日にしてならず。

 質の高いポップ・カルチャーを生み出すためには、自由な若者文化の積み重ねと国内における重厚なポップ・カルチャー消費層が必要です。これらを欠く社会では、少数の超天才がクローズアップされることはあっても、その先が続きません。この点に関し、日本は、アジア諸国において、明らかに一歩も二歩も先に行っています。したがって、中国を初めとする新興国が工業分野で日本を追い越したところで、ポップ・カルチャーにおける日本の優位性はしばらくは続きそうです。

 それどころか、日本のポップ・カルチャーは、欧州諸国よりも先を行っている面すらあります。日本の場合、

  1. 宗教的なタブーが極めて弱いこと、
  2. 「言葉の壁」のおかげで、ポップ・カルチャー消費の大部分を英米系のエンタメ産業に奪われる事態が生じていないこと、
  3. 低廉な漫画週刊誌やレンタルCD等、購買力が低い若年層でもポップ・カルチャーに触れる機会が豊富に用意されていること、
  4. ポップ・カルチャーを享受するために相応の支出を厭わない人々の人口規模が比較的大きいこと、

など、ポップ・カルチャーが栄える要因があふれています。

 なので、この日本のポップ・カルチャーを世界に「輸出」し、外貨を稼いでいこうという「クール・ジャパン」戦略の方向性自体は、間違っていません。

 ポップ・カルチャーの音楽領域、すなわちJ-POPに目を向けたときにも、上記日本の優位性は動きません。とりわけ、世界で唯一と行ってもよい合法的なレンタルCDの存在及び世界でも最高クラスの中古レコード・CD市場の存在は、青春時代に多様な音楽を浴びるように聞くことを可能とし、それが1つは過去の文化的資産を継承して新たな作品を生み出すクリエーターを産む土壌となってきたこと、1つは様々なジャンルのファンが開拓され、彼らが大人になって購買力を付けた時に様々なジャンルのアーティストを経済的に支えることになったことなどが、J-POPの優位性を支えています(このことは、K-POPのスターたちと対比してみるとわかりやすいと思います。K-POPは、容姿端麗な若い男女を鍛えこんで、レベルの高い歌と踊りを披露します。それはそれでエンターテインメントとしてはありなのですが、他方で、「作られた感」が多分に漂ってしまいます。Akadong Musician(学童ミュージシャン)のようにその域を超えたアーティストも出てきてはいますが、まだメインストリームではないように思います。これに対し、J-POPの場合、売れているアーティストだけを見ても、ゴールデンボンバーからSEKAI NO OWARI、サンボマスターにいたるまで多様性に富んでいます。)。

2 政府のJ-POP戦略

 このようなJ-Popをクールジャパン戦略の一環として海外に売り込んでいこうということで、政府も一定の戦略を練っています。「クールジャパン戦略官民協働イニシアティブ-「クールジャパン戦略推進会議」報告書-」(以下、「クールジャパン戦略推進会議報告書」と言います。)によれば、「J-POPの海外展開の促進とその波及効果を高めることを目的として、音楽業界一丸となった海外進出を後押しする「エージェント組織」を設立するとともに、音楽と映像等のコンテンツとの連携を促進するため、個別アーティストにID番号を付与し管理する「アーティストデータベース」や、過去の作品を蓄積し利用しやすいようにする「作品アーカイブ」、人材育成・活用の機能を有する拠点を、竹芝地区の国家戦略特区も活用しつつ整備する。」とあります。もう少し詳しく見てみましょう。

 まず、クールジャパン戦略推進会議報告書によれば、政府は、次のような現状認識を有しているとのことです。

 そして、その解決策として、次のような案を提示しています。

 これらの施策によって、次のような効果を期待しているようです。

 う〜ん、そうでしょうか。

 そもそも「日本アーティストが一団となって海外進出する」っていう状況が想像できませんし、それがなぜ「集客力等を高める」ことに繋がるのか理解できません。日本のアーティストばかりが出てくる音楽フェスなり音楽番組なりなんて、そもそもに本好きの人しか行かないし見ないのではないでしょうか。

 また、アーティストデータベースや作品アーカイブを構築することが、なぜ「個別アーティストや作品へのアクセス性を高め、コンテンツの利活用を促進する」ことになるのか理解できません。

 他国がそのような政策を実施した場合に私たちがその国のアーティストのコンテンツを対価を支払って購入するようになるか?って考えれば、上記目論見が如何に的を外しているかが理解できるかと思います。

3 アーティストないし楽曲と私たちとのなりそめ

 私たちは、そのアーティストに、その楽曲に、相当程度惹き付けられなければ、その作品に対しお金を支払いません。何かのきっかけでそのアーティストまたは楽曲を知り、強く惹かれたからこそ、その楽曲を音楽配信サービスを介して購入したり、その楽曲を含む音楽CDを購入したり、そのアーティストのライブにチケットを購入して聞きに行ったりするわけです。それは、私たちが、日本のアーティストの楽曲を購入したりする場合も、外国のアーティストの楽曲を購入したりする場合も、変わるところはありません。そして、それは、外国の音楽ファンが、日本のアーティストの楽曲を購入したり、日本のアーティストのライブにチケットを購入して聞きに行ったりする場合にも、変わるところはありません。そういう意味では、J-Popを海外で売り込むために行うべきことは、J-Popを国内で売り込むために行うべきことと何も変わるところはありません。ただし、日本のアーティストにとって、日本国内で行うことと同じことを海外で行うことはしばしば困難なので、海外で売り込むために行うべきことの一部を行うにとどめざるを得ないのです。

⑴ テレビ

 私たちは、テレビ番組の主題歌や挿入歌、CMソングなどを通じて、気に入った楽曲に出会うことがあります。テレビの力は強いので、国内ヒットチャートの上位をこの種のタイアップ楽曲が占めることは少なくありません。ただし、この手法を海外で行うことは容易ではありません。海外で製作される番組について、日本のレコード会社やそのエージェントが自社のJ-Pop作品をタイアップしてもらうことは用意ではありません。英語詞ならともかく、日本語詞の歌を主題歌やCMソングに敢えて使いたいと思わせるのは常識的に考えて難しいです。なので、この手法が使えるのは、日本の番組が外国で放送される場合です。実際、日本のアニメ番組のオープニングテーマ/エンディング・テーマがそのまま使用されると、その楽曲がその国で人気を獲得してありすることがあります。例えば、「鋼の錬金術師」のテーマソングだったL'Arc〜en〜Cielの「READY STEADY GO」は、Last.fmにおいて73,894リスナーから、734,632Scrobbleを集め、「進撃の巨人」のテーマソングだった「Linked Horizon」の「Guren no Yumiya」が11,302リスナー、183,647Scrobble(「紅蓮の弓矢」との漢字表記だと11,151リスナー、227,372 Scrobble)を集めています。これがどれだけ凄いって、AKB48の「ヘビーローテーション」が13,653ユーザー、224,567Scrobbleというところからもわかるというものです。

 もっとも、日本のアニメ番組自体を輸出することができても、とくにファミリー向けのものについてはオープニング/エンディングテーマが省略されたり、自国語の別作品に置き換えられたりすることがありますので、J-Popを世界に売り込むという観点からは、アニメ番組の放映権を販売するにあたってオープニング/エンディングテーマもそのまま流すことを条件とするなど、日本のテレビ局側の協力が必要になるでしょう。

⑵ ラジオ

 ラジオ番組もまた、私たちが素敵な楽曲と出会うきっかけを作ってくれます。したがって、海外で放送されているラジオ番組でJ-Popを流してもらえれば、有力なプロモーションとなることでしょう。考えてみれば、坂本九の「上を向いて歩こう」が全米で大ヒットしたのも、ワシントン州パスコのラジオDJリッチ・オズボーンがラジオで流したのがきっかけだったわけです。

 では、J-Popを海外のラジオ局で流してもらうためにはどうしたら良いのでしょうか。政府主導だと、海外の放送局から所定の放送時間を買い取って、そこで日本のアーティストの作品ばかり流し続けるとかそういう発想に流れそうな気もします。「日本アーティストが一団となって海外進出する」的な発想です。しかし、そんな番組を聴くのは、もともとJ-Pop好きか、日本語の勉強をしている人たちくらいではないかと思うのです(私たちだって、例えばポーランドのアーティストの音楽ばかり流すラジオ番組を敢えて聴こうとは思わないわけで。)。ですから、プロモーションの一環としてラジオ局でJ-Popを流してもらうのであれば、特に「日本」にフィーチャーしていない通常の番組の中で流してもらう必要があります。

 そのためにはどうしたら良いでしょうか。ラジオの音楽番組の場合、どの楽曲をかけるかは、通常DJに決定権限がありますから、各ラジオ番組のDJに、自分たちのイチ押しの楽曲が収録されたCDをメッセージとともに送りつけるとか、ライブ等の機会に海外をアーティストらが訪れた時に地元のラジオ局を表敬訪問するなど、まめな営業活動が必要になっていきます。

⑶ インターネットラジオ

 ラジオと似たようなものとして、インターネットラジオというサービスがあります。これはインターネット回線を経由して、ラジオと同じように音声がエンドレスに配信されるものです。海外ではいわゆるミニFMに代わるものとして広く利用されています。BBCなどの大手メディアも、自社のラジオ放送コンテンツを、インターネットラジオにより世界中に配信しています。この技術を利用すれば、J-Popを世界中の人に届けることができます。日本のリスナーたちはレベルが高いので、日本でPopやRock専門のインターネットラジオ局が開ければ、洋楽とJ-Popを混交させた番組を発信して世界中からアクセスを稼ぐことだって夢ではありません。

 しかし、残念なことに、日本では、インターネットラジオは放送・有線放送ではなく、自動公衆送信にあたるから、JASRAC等の著作権管理団体から(包括)許諾を受けるだけでは足りず、そのレコード製作者から個別の許諾を受けなければならないと多数の専門家たちが考えています。そして、残念なことに、日本のレコード会社は基本的に許諾をしてくれません。その結果、日本から海外に向けて音楽情報を発信するインターネットラジオ局は、私が知る限りありません。

 「プロモーションになるのだから無許諾で、無償で使わせろ」とまでは言いませんが、J-Popを世界中に売り込んでいきたいのであれば、日本レコード協会等がひな形を作って迅速に許諾申請ができるような体制作りをした方が良いのではないかと思います。

⑷ 地道なライブ活動

 Popミュージックにおいては、地道なライブ活動というのは、それ自体収益事業であるとともに、音楽CDその他の商品を販売するために重要なプロモーション活動です。米国のアーティストは、全米津々浦々ライブ巡りをして過ごすのが通例です。例えば、Taylor Swiftは、欧州ツアーから帰ってきた後の2015年7月6日から、オタワ(7月6日)→モントリオール(7月7日)→イースト・ラッシャーフォールド(7月10日、11日)→ワシントンDC(7月13日、14日)→シカゴ(7月18日、19日)→フォクスボロー(7月24日、25日)→バンクーバー(8月1日)→エドモントン(8月4日、5日)→シアトル(8月8日)→サンタ・クララ(8月14日、15日)→グレンデール(8月17日、18日)→ロサンゼルス(8月21日、22日、24日、25日、26日)→サンディエゴ(8月29日)…というペースで10月一杯まで全米+カナダをツアーして回るわけです。もちろん、Talor Swiftクラスだと、それぞれ大きな会場で回るわけですが、そこまでビッグではないアーティストでも、より小さな会場を同じようなハイペースで全米を駆け回るわけです。したがって、日本のアーティストが外国で受け入れられようと思ったら、その国に長期滞在して、各地を回ってプロモーション活動をする必要があるわけです。韓流スターだって、ミュージシャン系は、日本市場を狙うとなったら、日本に長期間滞在し、日本語を覚え、日本のテレビに出演し、日本でライブ活動をして回るわけです。

 日本のアーティストについても、本気でその国で売れたいと思ったら、それくらいのことはする必要があります。日本でも、例えばチタン合金ズ少年ナイフが全米で精力的にライブ活動を行ったり、Shanadooがドイツで精力的にライブ活動を行ったり、Babymetalが世界各国の音楽フェスに出たり欧米を精力的に回ったりしていて、それはある程度報われていました。また、精力的に欧州でツアーを組んでいたビジュアル系バンドは、まず欧州での人気を確立し、その後、東アジア、東南アジアへと活動範囲を広げています。ただ、日本の場合、下手に国内の市場規模が大きく、購買力も高いため、そこまでして海外で売れたいというアーティストが少なかったということは言えます。海外でライブを行うといっても、現地にいる日本人や、日本にいる日本人をメインのターゲットにしているうちはどうにもなりません。

⑸ 動画投稿サイト

 私たちは、YouTubeやDailymotion等の動画投稿サイトに投稿されたプロモーションビデオを視聴することによっても、新しいアーティスト、新しい楽曲を知ることができます。したがって、海外の人々の利用が多い動画投稿サイトにプロモーションビデオ等を投稿することは、大きなプロモーション機能が期待できます。実際、J-Pop系のプロモーションビデオ等が投稿されているところのYouTubeのコメント欄を見ると、外国語(英語とは限りません。)のコメント等が投稿されていて、海外のリスナーのJ-Popへの関心の程が窺えます(「水曜日のカンパネラ」とか「赤い公園」とか「それでも世界が続くなら」とか、そういうレベルのアーティストにまで彼らは目をつけていて、凄いなあと私などは感心してしまいます。)。

 ただ、いくつか気をつけるべきことはあります。

 動画投稿サイトというのは、基本的に利用者の側が積極的に情報を特定して引き出す「Pull型」のメディアなので、自分たちが特定したコンテンツを利用者の側に押しつける「Push型」のメディアと比べて、自分たちを、または自分たちの新しい楽曲を、それを知らない人たちに視聴してもらうのは結構大変だと言うことです。とりわけ、海外の人に、自分たちの作品のプロモーションビデオを動画投稿サイトで視聴してもらうことは、思ったより難しいのです。利用者が別の動画を視聴していた時に関連動画の1つとして提示されたり、利用者があるキーワードで検索したところ検索結果として表示されたり、あるいはある人が動画投稿サイドにアクセスした時におすすめ動画の1つとして表示されたりというパターンが考えられますが、いずれにせよ、ある意味奇跡的な出会いを求めざるを得ません。そういう意味では、ブログやFacebook。TwitterなどのCGM系サービスを利用した「口コミ」を利用してまずアーティストや楽曲に関心を持ってもらい、投稿したプロモーションビデオ等を積極的にアクセスしてもらうことの方が現実的かもしれません。ただ、日本の場合、ライブ会場等では一切の撮影を禁止している場合が多くて、これではそのライブの素晴らしさを口コミで広めていくことはやりにくいだろうなとは思います。海外ではそんなことは一般的ではなく、例えば、MIKAが来日した折に新木場で行われたライブに私も行ってきましたが、ライブの最中、写真を撮ろうと、動画を撮ろうと全くお咎めなしという状況でした。海外のアーティストについては、ライブ中の映像が非公式にアップロードされていることが多々あるわけですが、それは観客が動画撮影することも妨げられないからできる話です。そして、それは、正規の音楽CDやDVD等と市場において競合することはなく(画質、音質が劣るため)、むしろ、プロモーションに繋がるわけです(日本のアーティストでその辺をうまくやっているのは、Babymetalだと思います。)。

 もう一つ気をつけるべきことは、「歌詞」の問題です。ビジュアル系バンドがヨーロッパに進出していく課程において、日本の楽曲については、英語等に翻訳された歌詞で歌い直してもらうのではなく、日本語詞によるオリジナルのバージョンを、海外の人も聞きたがっていることがわかってきました。それはそれでよいのですが、ただ、海外の人たちは、投稿されているプロモーションビデオ等を視聴して、その楽曲に関心を持った時に、なんて歌っているのか、それはどういう意味なのかを知りたがっているようなのです。実際、動画投稿サイトのコメント欄には、しばしば、その歌の歌詞の意味等を尋ねるコメントがつきます。もちろん、CGMというのは知恵や技量のある人間が何故か無償でその知恵や技量を他人のために発揮してくれる場所なので、そのような質問に答えて自主的にその歌詞を翻訳し、コメント欄に投稿してくれる親切な人が現れます。しかし、悲しいかな、この行為は現行法上著作権侵害行為になってしまっているのです(当該動画投稿サイトがJASRACと包括許諾契約を結んでいてもダメで、その楽曲の歌詞の著作権を管理している音楽出版社から許諾を受ける必要があります。)。J-Popを海外に売り込んでいきたいのであれば、その歌詞を各国の言葉に翻訳して動画投稿サイトに投稿する行為については、J-Popについての著作権を管理している音楽出版社等が一団となってこれを公衆に対し包括的に許諾する旨表明したら良いと思うのです。別に、それでその歌詞に関する正規の商品・サービスの売り上げが阻害されるわけではないのですから。 

4 どうやって購入するのか

 私が、英米以外で専らヒットした楽曲を正規に購入しようと思うと結構苦労する場合が多々あります。都心の大型のCDショップに行っても、英米以外の作品は陳列スペースが小さく、かつ、大分古い作品ばかりが陳列されていたりするからです(例えば、「フレンチポップ」のコーナーに行くと、未だにFrance GallやSylvie Vartanの作品がいくつも置いてあって、StromaeやFrero DelavegaやCalogeroのアルバムは置いていなかったりします。)。では、iTunes StoreやAmazonのmp3配信サービスを利用して音源を正規に購入しようと思っても、そもそも商品カタログに上がっていないと言うことがしばしばあります(例えば、The ET'sの「Madame Météo」は、フランスのアカウントからだとiTunes Storeで購入できますが、日本のアカウントからでは購入できません。)。世界の情報の流れを1つに繋ぐはずのインターネットが、音楽コンテンツの分野では、市場を地域的に分割するために活用されているからです(正確には、「クレジットカードのビリングアドレスの地域毎に分割されている」というべきかもしれませんが。)。  これと同じことは、海外の人がJ-Popを気に入って正規に購入したいと思った時にも生じています。ここを改善しないと、政府がどんなに音頭を取ってみたって、J-Popを海外輸出して我が国の産業振興に活かしていくなんて話は夢のまた夢に終わってしまうのです。

⑴ 音楽CD

 私は、仕事やバカンスで海外に行った時は、かなりの割合で、地元の書店とCDショップを回ります。主な目的は、日本で知られていない地元のミュージシャンの作品を捜すことにあるのですが、副次的な目的は、日本のアーティストの作品が如何に売られているかを見てくることにあります。その結果得た結論は、「台湾以外総崩れ」というものです。

 確かに、台湾のCDショップにおけるJ-Popの処遇は凄いものがあります。以前、酒井法子さんがある理由で逃走していた時期に丁度、私が中央大学法学部で担当している著作権法ゼミのゼミ合宿を台北で行う機会があり、そのとき、団体で市内巡りをするゼミ生への課題として、「のりピーを捜せ」と称して、酒井法子さんのCD等を捜してくるように指示したことがあります。このとき、うち1つのグループに帯同して市内のCDショップを見て回りましたが、酒井さんのCDはもちろん、多くの日本人アーティストの作品が店内に陳列されていたことを確認しています。その後、2013年の始めに台北に行った時も、CDショップにはたくさんのJ-Pop作品が陳列されているのを確認しています。しかし、同じアジア圏でも、韓国や、マレーシアや、シンガポールに行くと、J-Popはあまり見かけなくなってしまいます。欧州でも同様です。

 実際、平成24年度知的財産権ワーキング・グループ等侵害対策強化事業(知的財産権侵害対策のための海外展開情報基盤調査)「資料編2 日本コンテンツの海外22カ国・地域への進出状況調査」(以下、「調査報告書」といいます。)をみる限り、そもそも海外のレコード業者にライセンスして音楽CDを作らせているタイトルが少ないのですから、J-PopのCDがCDショップの店頭に並ぶはずがありません。こうなってくると、「あのレコード輸入権騒動は何だったのだ!」という徒労感に襲われてしまいます。ネット通販がこれだけ栄えた現在においても、CDショップにCDを置いてもらうということのプロモーション効果というのはバカになりません。書店に書籍を置いてもらうことのプロモーション効果と同じように、そのCD(書籍)を買おうと決めてお店にやってきた人々以外にも手にとってもらうことがある程度期待できるからです。CDショップの店頭での陳列が一種の「Push型メディア」の役割を果たしているからです。それなのに、それなのに…。

 では、音楽CDのネット通販はどうでしょうか。

 さすがに、音楽CDのネット通販では、カタログ数の豊富さが1つのウリなので、J-Pop系のCDも販売されています。ただ、問題はその値段です。

 2014年オリコン年間アルバムチャート4位の嵐の「THE DIGITALIAN」は、Amazon.comで37.99米ドル〜、Amazon.co.ukで47.32英ポンド、Amazon.frで51.25ユーロで販売されています。これに対し、ビルボード年間アルバムチャート1位の「frozen」(「アナと雪の女王」のサントラ集)は、Amazon.comで8.99米ドル〜、Amazon.co.ukで5.99英ポンド、Amazon.frで11.25ユーロで販売されています。すなわち、J-Popの音楽CDの販売価格は、先進諸国の物価水準から見ても異常に高いのです(嵐だけが高いわけではなく、例えば、きゃりーぱみゅぱみゅの「ぱみゅぱみゅレボリューション」はAmazon.co.ukで36.44英ポンドで売られていまし、Tricotの「THE」はAmazon.frで27,93ユーロで売られています。)。これだけ価格に差があったら、売れなくて当然です。何故、このような現象が起こるかというと、海外のネット通販業者が取り扱っているJ-Popのアルバムは、ほとんどの場合、日本からの輸入盤だからです(ただでさえ、日本のアルバムCDの定価は欧米諸国から見ても顕著に高いのに、そこに日本からの輸入コストがかかってしまうからです。)。ですから、海外でJ-Popを売り込んでいこうと思ったら、この価格差という問題を克服していく必要があります。

⑵ 音楽配信サービス

 では、音楽配信サービスはどうでしょうか。

 ここでは、そもそもJ-Popは、海外向けの音楽配信サービスに楽曲を提供することを怠りすぎているという問題が存在しています。音楽配信サービス最大手のiTunes Storeでは、各利用者のビリングアドレス毎に、購入できる楽曲が異なっています(ただし、他国のカタログを閲覧し、視聴することまではできます。)。

 で、見てみると、USA向けiTunes Storeで購入できるAKB48の楽曲は「Sugar Rush」のみ、SEKAI NO OWARIは「DRAGON NIGHT」のみ、いきものがかりは0曲といった感じです(TRICOTや赤い公園やUQiYOのようにUSA向けiTunes StoreでもFrance向けiTunes Storeでも大半の楽曲を購入できるようにしてあるアーティストもいるのですが。)。

 これでは、まず話になりません(韓流アイドルユニットの少女時代やKARA等はこういうところは抜け目なく、各国のiTunes Storeで購入できるようにしてあります。)。J-Popを海外に売り込むためには、各国の音楽配信サービスでJ-Pop楽曲を購入できるようにデータをアップロードするところから始める必要があります。

⑶ ライブチケット

 ライブチケットはどうでしょうか。

 J-Popのアーティストのライブを見るために日本に来る方が増えれば経済的な波及効果は大きいですし、元々日本に来る用事があってきたのだけどついでにJ-Popのアーティストのライブも見てみたいというのでも、ありがたい話です。

 ただ、海外からでもその名がとどろくようなアーティストのライブって、国内にいてもチケットが取りにくいのです。ですから、日本に来てからチケットの手配をすると言うことではまず間に合いません。日本に行くかどうか、行くとすればいつ行くかを決める段階では、チケットを押さえておきたいところです。これができるようにするためには、海外からもチケットの先着順申込みや抽選申込みができるようにすること、代金を海外からでも支払えるようにすること、チケットを海外に迅速に送付できるようにすること(またはスマホ等で入場できるようにすること)などの仕組みを構築することが必定です。そして、できれば、少なくとも英文で作成されたチケット購入サイトがあれば、なお良しといったところです。

 しかし、現時点でそのようなシステムは構築されていないようです。一応、日本国内でライブのチケットを代行して購入してくれるサービスはいくつかあるようですので、それを利用すれば海外の方も日本に来て日本のアーティストのライブを観ることは可能ではありますが、その場合、当然代行業者の取り分を上乗せした代金を支払わなければなりません。

 したがって、海外の方に日本に来ていただいて日本のアーティストのライブを観ていただくためには、先ほど述べたようなチケット購入システムが構築される必要があります。もちろん、大手チケット販売業者の側で自主的にそういうシステムを開発してくれれば良いのですが、大手チケット販売業者にその気がない場合には、そこで業界団体が団結して販売システムを構築していく必要が生ずることでしょう。サッカーのイギリス、プレミアリーグ等では既にワールドワイドなチケット販売システムを構築済みですので、日本の音楽業界にできないわけがありません。

5 まとめ

 日本が自動車を初めとする工業製品を世界中に輸出していた時代、製品の品質を高める、コストパフォーマンスを向上させることは当然のこととして、さらに、いかに現地の人にその製品の良さを知らせるかということに頭を悩まし、また、いかにしてリテール部門を押さえていくかに知恵を働かせて来たわけです。しかし、なぜかJ-Pop等のPop Cultureを世界に輸出しようという話になると、リテールをどうしようかという話がぽんと飛んでしまうのです。

 しかし、それではどうにもならないことは、おわかり頂けたのではないかと思います。エンドユーザーの立場になってシステムを考え直してみる。これこそが、「お・も・て・な・し」文化大国日本の進む道なのではないかと思ってなりません。

以上

Top pageへ