懲戒請求書の写しの交付と個人情報保護法

弁護士 小倉秀夫

1 はじめに

 余命三年時事日記に煽られるがままに、余命三年時事日記側で用意した懲戒請求書のテンプレートを用いて懲戒請求を申し立てた人々に対し対象弁護士が訴訟提起等することにいちゃもんを付けるため、あるいは、今後同じような大量懲戒請求を「一般市民」が行うにあたって対象弁護士から訴訟提起等される心配をしなくて良いものとするために、① 弁護士会が懲戒請求書の写しを対象弁護士に交付すること、②懲戒請求書の写しに記載されている請求者の氏名・住所を用いて対象弁護士が請求者に対し損害賠償請求をしまたは訴訟を提起することが、個人情報の不当利用だとする見解がネット上では流れています。この点について検討してみることとしましょう。

2 懲戒請求書の写しの交付と個人情報保護法

 まず、弁護士会が対象弁護士に懲戒請求書の写しを交付することはどうでしょうか。

 個人情報保護法第15条第1項は、「個人情報取扱事業者は、個人情報を取り扱うに当たっては、その利用の目的(以下「利用目的」という。)をできる限り特定しなければならない。」と定めています。各単位会は、提出される懲戒請求書に記載されている個人情報を、懲戒手続を進めていくために取り扱います。その利用の目的は明らかです。

 上記利用目的については、「個人情報取扱事業者は、個人情報を取得した場合は、あらかじめその利用目的を公表している場合を除き、速やかに、その利用目的を、本人に通知し、又は公表しなければならない。」(個人情報保護法第18条第1項)とありますが、「取得の状況からみて利用目的が明らかであると認められる場合」にはその必要はないものとされています(同第4項第4号)。懲戒請求書に記載されている個人情報の利用目的について各単位会がどのようにプライバシーポリシーで定めているかは分かりませんが、懲戒手続を進めていくと言うことで請求者から個人情報が記載された懲戒請求書を受領するわけですから、懲戒手続を適正に進めていくためにそこに記載されている個人情報を利用するという目的は、「取得の状況からみて…明らかであると認められる」と言えます。

 個人情報取扱事業者は、原則として、あらかじめ本人の同意を得ないで、個人データを第三者に提供してはならないとされています(個人情報保護法第23条第1項)。ここで、第三者提供が原則規制されているのは、「個人情報」ではなく「個人データ」です。個人データとは、「個人情報データベース等を構成する個人情報」をいうとされています(個人情報保護補第2条第6項)。「個人情報データベース等」とは、① 個人情報を含む情報の集合物であって、特定の個人情報を電子計算機を用いて検索することができるように体系的に構成したもの(個人情報保護法第2条第4項第1号)、及び、②これに含まれる個人情報を一定の規則に従って整理することにより特定の個人情報を容易に検索することができるように体系的に構成した情報の集合物であって、目次、索引その他検索を容易にするためのものを有するもの(同第2号、個人情報の保護に関する法律施行令第1条)をいいます。対象弁護士に送られてくるのは、懲戒請求書の写しであって、コンピュータ上でデータベース化されたものを出力したものではなく、また、特定の個人情報を容易に検索することができるように体系的に構成した情報の集合物の一部を構成するものでもありません。したがって、単位会が対象弁護士に懲戒請求書の写しを交付しても、「個人データ」の第三者提供にはあたらないといえます。

 さらにいえば、対象弁護士は、懲戒請求を受けた単位会の会員であり、個人情報取扱事業者たる単位会の構成員であるということになります。単位会の綱紀委員会は調査活動の一環として懲戒請求を受けた対象弁護士に対して答弁書の提出を求めますが、これは当該単位会内の手続として行われます。すると、単位会内の綱紀委員会から対象弁護士への懲戒請求書の写しを交付は、個人情報取扱事業者内部での情報提供ということになりますので、そもそも「第三者」提供たり得るかということも問題です。

 そして、綱紀委員会から対象弁護士への懲戒請求書の写しの交付は、綱紀委員会が行うべき調査活動の一環として、対象弁護士に答弁書の作成・提出を求める活動の一環としてなされていますので、懲戒手続を適正に進めていく目的の範囲内での利用ということになります。

 これに対しては、通常の懲戒請求は対象弁護士が受任した事件の処理に関してなされることがあり、懲戒事由とされた事実について認否を行うにあたっては懲戒請求者が誰であるのかというのは重要なので、対象弁護士に請求者の氏名・住所が伝えられるのもやむを得ないが、今回の一連の量産型懲戒請求のように、自分たちのイデオロギーにあわない弁護士に対する制裁として懲戒請求がなされる場合には、請求者が誰であるのかは無関係なので、対象弁護士に請求者の氏名・住所を伝えるのは許されないとする見解をツイッター上で唱える弁護士もいるようです。しかし、懲戒請求書上の「懲戒事由」欄の記載だけを見ても請求者と対象弁護士との間に現実社会での接点があるかを綱紀委員が確実に知ることは困難です(一見抽象的な懲戒事由を掲げているようにみえても、答弁書の提出、主張書面での再反論…とやりとりが出ていく中で、請求者と対象弁護士との間に現実社会で接点があり、そこで生じた紛争との関係で懲戒請求をしたにもかかわらず、懲戒請求書の段階では、一般論として懲戒事由を組み立ててしまった可能性があります。)。また、個人情報保護法は、利用目的との関係で「必要最小限度でのみ」個人情報を取り扱う義務を負わせているわけではありません。したがって、イデオロギー闘争の一環として懲戒制度が利用されている場合に特別扱いする必要はないと言えます。

 以上によれば、単位会の綱紀委員会から対象弁護士への、懲戒請求書の写しの交付は、個人情報保護法違反とならないことは明らかです。

3 懲戒請求書上の個人情報の訴訟等での利用と個人情報保護法

 次に、当該懲戒請求が不法行為を構成するものだと思料した対象弁護士が、当該請求者に対し損害賠償を請求するために、懲戒請求書の写しに記載されている請求者の氏名及び住所を用いることは、個人情報保護法違反となるのでしょうか。

 そもそも弁護士が、個人情報取扱事業者にあたるかということが問題となります。正直、コンピュータの検索の機能が向上したため、弁護士の通常業務についていえば、個人情報データベースを組んで利用する必要は必ずしもなく、したがって、個人情報データベースを組んでいる弁護士は必ずしも多くないと思います。強いていえば、年賀状用の住所録くらいしかデータベース化していない弁護士って結構多いと思います。この場合、個人情報データベース等を事業の用に供していると言えるのかという問題が生じます。

 仮に対象弁護士が個人情報取扱事業者であったとして、懲戒請求書の写しの交付を受けることにより取得した請求者の氏名・住所等の個人情報は、答弁書や主張書面の作成やそのための調査活動等のために利用することができます。対象者がそのような目的で上記個人情報を利用することは、取得の状況からみて明らかであると認められるので、その利用目的を本人に通知しまたは公表する必要はありません。

 では、そのような目的で取得した請求者の氏名・住所という個人情報を、慰謝料請求権行使のために利用することは個人情報の違法な目的外利用にあたるでしょうか。

 考え方は大きく分けて二通りあると思います。

 1つは、慰謝料請求権の行使のためという利用目的を追加的に変更するという考え方です。個人情報の利用目的は変更前の利用目的と関連性を有すると合理的に認められる限度であれば、変更することができます(個人情報保護法第15条第2項)。対象弁護士として懲戒手続に関与するという利用目的と、当該懲戒手続にかかる申立てについて慰謝料請求等の権利行使をするという利用目的とは、関連性があると合理的に認められるからです。この場合、個人情報取扱事業者たる弁護士は、変更した利用目的について本人に通知し、または公表する義務を原則として負います(同法第18条第3項)。しかし、懲戒請求者に対し訴訟提起をする旨を公表しておけば、その際には懲戒請求書に記載された個人情報を利用することになることが明らかですから、公表要件は満たすものと思われます。また、請求として概ね成立しうると言うことに確信を抱く前に特定の人について訴訟を提起する旨公言すると逆に名誉毀損等に問われるリスクが生じますので、請求者に対し賠償を要求する通知を発しまたは訴状を提出するまでの準備期間中、懲戒請求書に記載された個人情報を慰謝料請求権行使のためにも利用していくという利用目的の追加的変更をすることについて通知・公表をしなくとも、同法第18条第4項第2号により許されると言うべきでしょう。

 もう一つは、個人情報の目的外利用が認められる例外的な場合にあたるとする考え方です。この考え方は、さらに2通りに分かれます。

 1つは、民事訴訟を提起するにあたって被告の氏名及び住所を訴状に記載することは民事訴訟法及び民事訴訟規則上の原告の義務なので、個人情報の当該目的外利用は「法令に基づく場合」(個人情報保護法第16条第3項第1号)にあたるとする考え方です。

 もう一つは、請求者に対し慰謝料の支払いを求める意思を表示し、または、慰謝料の支払いを求める訴訟を提起するにあたって、上記意思表示ないし訴状の送達先を特定するために請求者の氏名・住所を利用することは、「人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき」(同第2号)にあたるとする考え方です。違法な懲戒請求がなされた時点で不法行為が成立し、そのことにより対象弁護士が精神的苦痛を感じた時点で慰謝料相当額の賠償を求める金銭債権が発生しており、それは、対象弁護士からの要求を受けて請求者により任意の賠償されまたは対象弁護士が訴訟提起をすることなく一定期間が経過すると時効消滅してしまうので、対象弁護士が訴訟外で賠償要求をしまたは損害賠償請求訴訟を提起することは「人の…財産の保護のために必要がある場合」にあたることになります。そして、懲戒請求者の同意がない限り懲戒請求書に記載されている懲戒請求者の氏名及び住所を懲戒請求者を被告とする訴訟の提起に利用することができないとしたら、通常、懲戒請求者はそのようなことに同意をすることはないので、そのような同意を懲戒請求者本人から得ることは困難であると言えます。

 いずれにせよ、実体法上の権利を行使するに際して相手方を特定するための手段として、既に別の利用目的で保有している個人情報を利用することが個人情報保護法に違反するということにはなりそうにありません(保有している個人情報を訴訟提起の際に利用する場合があることをプライバシーポリシー等で明記していなければ事実上民事訴訟を提起することができなくなるような法制度が採用されるはずがないので、当然のことです。)。