プロバイダ責任制限法ではプロバイダの責任は制限されない!

裁判所の論理はまたも歪んだ。───ある組織を勝たせるために

 カラオケボックスがあります。防音設備はしっかりしています。伴奏も歌も、部屋の外には漏れません。お客が一人で部屋に入りました。お客は、そこで、発売されたばかりの新曲をレパートリーに加えるべく、黙々と歌っています。もちろん、誰もその歌を聴く人などいません。歌っている本人だって、誰かに聞いてもらおうと等思っていません。

 普通に考えると、そこには、「公衆に聞かせることを目的とした歌唱」などないように思えます。しかし、「著作権思想」が身に付いた裁判官はそうは考えません。カラオケボックスでは、カラオケボックスの経営者が、カラオケボックス経営者とは特に人的な繋がりのない客=公衆に聞かせることを目的として、歌唱を行っていると考えるのです。そんなバカなと思うかも知れませんが、東京地方裁判所の知的財産部はそのように判示しています(東京地判平成10年8月27日判タ984号259頁)。

 何故、そんなバカなことが・・・・って?

 もちろん、そうしないと、カラオケボックスにおける客の歌唱に対して、ある組織が著作権許諾料相当金を取れなくなるからです。

 ファイルローグ仮処分事件では、東京地方裁判所の飯村裁判官は、「共有フォルダ」にMP3ファイルを蔵置したままファイルローグ・ソフトを起動させることによりファイルをアップロードしたのも、そのMP3ファイルを受信者側のディスクに書き込んだのも、全てファイルローグの中央サーバを管理している日本MMOだと判示しています。もちろん、そうしないと、ある組織が著作権許諾料相当金を取れないからです。

 さあ、復習です。「カラオケボックス 歌っているのは経営者 マイクを持って客は聴くのみ」

発信していない発信者

 平成15年1月29日──この日は記念すべき日です。ある組織を勝たせるための裁判所の論理の歪みが「芸術」といえる域にまで到達しました。それは、市民が自由に情報を発信する場としてのインターネット自体を否定しかねないものですが、「市民が自由に情報を発信すること」など、ある組織を勝たせることに比べたら、大した問題ではないのです。

 ファイルローグ事件本案中間判決において、飯村裁判官は、注目すべき理論を開陳しました。

 その前に、ちょっと前提となる知識を確認しておきましょう。平成13年に制定された通称「プロバイダ責任制限法」は、インターネットサービスプロバイダ等他人間の通信を媒介することを業務とする者が、通信の内容を監視する義務を負わなくても済むように、送信されている情報の内容を具体的に知り、かつ、その情報の内容が他人の権利を侵害することを知っていたか、知らなかったことにつき過失があった場合でなければ、その情報の流通に関わった業者等は損害賠償責任を負わないものとしました(プロバイダ責任制限法3条1項)。この法律をストレートに適用すると、ファイルローグの中央サーバを管理していたにすぎない日本MMOは、ユーザー間で送受信されているファイルの内容を全く知りませんから、それが他人の著作権を侵害するものであったとしても、損害賠償責任を負わないことになります。

 しかし、そこで終わっていたのでは、「あの組織を勝たせなければいけない」という至上命題を果たすことはできません。そこで、目を付けられたのは、プロバイダ責任法3条1項但書です。そこには、次のように書いてあります。──「ただし、当該関係役務提供者が当該権利を侵害した情報の発信者である場合は、この限りでない。」

 そうです!!ファイルローグの中央サーバを管理していた日本MMOを「情報の発信者」と位置づけてしまえば、課題をクリアできるのです。

 でもどうやって?ISPのサーバにファイルがアップロードされる場合と異なり、ファイルローグの中央サーバには、ユーザー側の「共有フォルダ」に蔵置されているファイルのカタログデータ(ファイル名、ファイルサイズ、ユーザーのID等)の情報しか蓄積されていません。「当該権利を侵害した情報」など最初から持ち合わせていないのですから発信のしようがありません。

 しかし、そんなことで諦めていたら、知財部の裁判官は勤まりません。そこで、中間判決で示されたのは、以下のような論理です。

 被告は著作権法の関係で送信可能化の主体である
   ↓
 したがって、被告は、プロバイダ責任法の関係では、「記録媒体」へ電子ファイルを蔵置した主体である
   ↓
 したがって、被告は、プロバイダ責任法2条4項の「記録媒体に情報を記録した者」に該当する
   ↓
 したがって、被告は、プロバイダ責任法上の「発信者」に該当する
   ↓
 したがって、同法3条1項本文による免責を受けることはできない

 プロバイダ責任制限法は、サーバ等の「記録媒体に情報を記録した者」とサーバ等を「用いて他人の通信を媒介した者」とを峻別し、後者が過重な責任を負わないように配慮した規定になっています。それにもかかわらず、飯村裁判官は、サーバ等を用いて他人の通信を媒介した者を、サーバ等の記録媒体に情報を記録した者と同視することにより、ほぼ無過失に近い責任を認めさせることに成功しました。

この論理はP2Pにとどまらない

 そうはいっても、P2Pサービスの中央サーバ管理者が破産するだけでしょ?そんなことどうでもいいじゃない!!って思っている人は多いでしょうね。でも、そう単純ではないのです。判例の論理というのは一人歩きするものなのです。

 自社が管理するウェブサーバの一部を会員にレンタルしているISPは多いですね。ここに著作権者に無断で音楽ファイル等をアップロードしてしまうユーザーは少なからずいます。

 このような場合、このウェブサーバを管理しているISPが送信可能化の主体であると考える方々はかなり多いです。そうでないと、ISPを被告として当該ファイルの送信可能化の停止を求めることができないからです。ISPが管理するウェブサーバ内に違法ファイルが蔵置されている場合、著作権者は、相手方の故意・過失の有無を問わず請求できる差止請求権は行使できるが、損害賠償については、常時監視義務がない以上、削除要求が具体的になされてからしかるべき措置を講じていれば、過失がないとしてISPには損害賠償義務がない(それを明文化したのがプロバイダ責任制限法3条1項)という考えのようです。

 飯村裁判官の論理をこのような場合に適用すると、ISPの提供するサーバ領域内にユーザーが著作権侵害ファイルをアップロードした場合、ISPは送信可能化の主体=蔵置の主体=発信者となり、プロバイダ責任法3条1項本文の免責を受けられないということになりそうです。つまり、プロバイダ責任法3条1項のプロバイダ責任の制限規定は、本来適用が想定されていた場面において、その適用がなされないということになります。

 もちろん、「あの組織を勝たせなければいけない」ということを至上命題とする方々においては、プロバイダ責任制限法3条1項の規定など本来あってはならない規定ですから、解釈によってこれを空文化することに成功した飯村裁判官は、賞賛してもしすぎることはないといえるでしょう。