不正競争防止法の初歩

by 弁護士 小 倉 秀 夫

二 基本的な構造

 不正競争防止法は、民事及び刑事の両面で、特定の不公正な競争行為を防止し、排除する構造になっています。また、不正競争防止法は、事業者間の公正な競争に関する国際約束を的確に実施するために、刑事手続きを発動できる構造になっています。

1 民事法としての構造

 不正競争防止法は、第2条各号において、特定の不公正な競争行為を「不正競争」とした上で、そのような競争行為がなされることで特に不利益を被る事業者に、裁判所の民事部を活用して、これらを防止・排除等する権限を付与しています。

 具体的には、差止請求と、損害賠償請求が、その手段として活用されます。

⑴ 差止請求

 差止請求とは、特定の「不正競争」をするなという請求です。

 不正競争防止法第3条第1項は、下記の通り定めています。

不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者は、その営業上の利益を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。

 つまり、Yの不正競争行為「甲」によりXの営業上の利益「乙」が侵害された場合、XはYに対し、「甲」による「乙」の侵害を停止するように求めることができ、Yはこの要求に応ずる義務を負います。Yが不正競争行為「甲」をこれから行うとXの営業上の利益「乙」が侵害されるおそれが生じた場合には、Xは、「甲」を行わないように前もってYに求めることができ、Yはこの要求に応ずる義務を負います。このようなXの権利のことを「差止請求権」と言います。

 この差止請求権は、実体法上の権利ですから、権利者であるXは、裁判所の手を借りずに、義務者であるYに対し、侵害の停止・予防義務の任意の履行を求めることができます。ただし、日本法は、実体法上の権利を実現するために権利者が義務者に対して直接有形力を行使すること(自力救済)を原則認めていませんので、義務者が任意に侵害行為を停止・予防しなかった場合、なお侵害行為を停止・予防させたければ、裁判所の力を借りるしかありません。

 裁判所の手を借りる方法の王道は、権利者であるXが義務者であるYを被告とする侵害行為の差止請求訴訟を提起するというものです。裁判所が被告であるYに対し不正競争行為「甲」をしてはならないという旨の判決を下し、その判決が確定すれば、Xは、Yに対し、国家権力を背景に、不正競争行為「甲」の中止等を求めることができるのです。

 もっとも、差止請求訴訟は、被告側がちゃんと抵抗すると、第一審判決が下りるまでに数年かかることがざらですし、第一審で不正競争行為の中止等を命ずる判決が下されても、被告側は控訴することができ、控訴が棄却されてもさらに上告ないし上告受理申立を行うことができます。上告ないし上告受理申立を行ってから最高裁が判決または決定を下すまでの期間は特に決まっていないので、上告が棄却されかつ上告受理申立が却下されるまでどのくらいの期間がかかるのか、予測がつきません。このため、その間不正競争行為「甲」が継続するととても困るという場合には、侵害行為を仮に中止等することを求める差止仮処分命令の申立てを行うのが常道です。

 仮処分命令申立事件では、審尋という簡易な手続きで審理が進んでいくので、訴訟よりも短期間に裁判所の判断が下されるのが通例です。また、地方裁判所レベルで仮の差止めを命ずる決定が下されると、それが上訴されても、権利者側は、国家権力を背景にその履行を強制することができます。ただし、仮処分決定はあくまで「仮」の決定に過ぎませんので、義務者たるYから「差止請求訴訟を提起せよ」と求められたら提起しなければなりませんし、差止請求を起こして敗訴した場合には、仮処分決定はその効力を失います。その場合、不正競争行為とされていた「甲」を一定期間中止等させられたことによりYに生じた損害を賠償する義務をXは負うことになります。そして、Xは、その賠償義務を担保するために、仮処分決定時に、所定の保証金を供託するように裁判所から命じられるのが通例です。また、仮処分命令申立事件では、文書提出命令や証人尋問などの立証方法が使えませんので、相手方が不正競争行為を行っていることを示す客観証拠を押さえていない場合には、仮処分命令の申立てはやりにくい面があります(なので、差止請求訴訟の提起と差止仮処分命令の申立てとを並行して行うことも少なからずあります。)。

 差止め請求を行うにあたって主張立証すべきことは、以下の2点です。

  1.  Yが不正競争に該当する行為を行ったことまたは行うおそれがあること
  2.  上記行為によりXの営業上の利益が侵害されたことまたはされるおそれが生じたこと

 ここでの「営業上の利益」における「営業」は、「単に営利を目的とする業務だけではなく、広く経済上収支の計算を立て経済秩序の一環として行われる事業いいかえれば商工業のみならず農林水産業等の原始産業はもとより病院、学校その他の社会福祉、文化活動上の事業をも含む」概念です(旧不正競争防止法第1項第1項柱書に関する大阪地判昭和55年3月18日判時969号95頁)。ただし、「宗教儀礼の執行や教義の普及伝道活動等の本来的な宗教活動に関しては、営業の自由の保障の下で自由競争が行われる取引社会を前提とするものではなく、不正競争防止法の対象とする競争秩序の維持を観念することはできないものであるから、取引社会における事業活動と評価することはできず」、また、「それ自体を取り上げれば収益事業と認められるものであっても、教義の普及伝道のために行われる出版、講演等本来的な宗教活動と密接不可分の関係にあると認められる事業についても、本来的な宗教活動と切り離してこれと別異に取り扱うことは適切でない」ので、宗教法人の本来的な宗教活動及びこれと密接不可分の関係にある事業については、ここでの「営業」に当たらないとされます(最判平成18年1月20日民集60巻1号137頁)。

 また、上記「営業上の利益」における「利益」は、「必らずしも具体的な金銭上の利益だけを指すものではなく」(前記大阪地判昭和55年3月18日)、特定商品についての顧客吸引力、広告力(旧不正競争防止法第1項第1項柱書に関する東京地判昭和41年8月30日判時461号25頁)等もここでの「利益」に含まれます。

 もっとも、誰の営業上の利益が侵害されたのかについては、周知商品等表示と同一・類似の商品等表示使用による混同惹起(不正競争防止法第2条第1項第1号)のようにわかりやすいものもありますが、品質等誤認惹起行為(不正競争防止法第2条第1項第20号)のようにわかりにくいものもあります。この点は、各論について説明する際に詳述することにしましょう。

 上記1,2の要件が備わっていれば、XはYに対し、侵害行為の差し止めを請求することができます。Yに故意又は過失があることは必要ではありません。ただし、不正競争として列挙されたものの中には、主観的な要素が要件として組み入れられたものがあります(例えば、第三者が不正に取得した他人の営業秘密を取得する行為については、不正取得行為が介在していたことを知りまたは重大な過失により知らなかった場合に限り、不正競争となります(不正競争防止法第2条第1項第4号)。)。その場合には、当該主観的要素は備わっている必要があります。

 上記上記1,2の要件が備わっていても、適用除外事由(不正競争防止法第19条)のいずれかに該当する場合には、差止請求権は生じません(例えば、Xの商品の形態を模倣した商品をYが譲渡したことによりXの営業上の利益が侵害された場合(不正競争防止法第2条第1項第3号)であっても、Yによるその譲渡が、Xのその商品が日本国内において最初に販売された日から起算して三年を経過した後になされた場合には、差止請求権は生じません(不正競争防止法第19条第1項第5号イ)。)。

 また、Yがその行為をなすにあたってXが許諾を与えていた場合、Xは、その行為が不正競争にあたるとして差止請求権を行使することはできません。著作権法第63条のような明文の規定はありませんが、予め許諾を与えておきながら差止請求を行うことは、一種の禁反言であり、信義則に反するからです(許諾契約が結ばれている場合には、契約の枠内でなされている行為について差止請求権を行使しないことは合意の内容に当然に含まれています。)。不正競争の許諾に関して、不正競争類型のうち私益の保護に重点が置かれているものについては被害者の承諾により違法性が阻却されるとする見解もあります(小野昌延=松村信夫「新不正競争防止法概説【第3版】下巻185頁)が、著作権法上の「利用許諾」とあまりにかけ離れた理解をするのはいかがなものかとは思います。

⑵ 損害賠償請求

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